- 2010年11月15日
- 国・地域:ミャンマー
- トピック:
ビルマで最も知られた良心の囚人、アウンサンスーチーは、過去21年のうち15年以上も自宅軟禁されていた。アウンサンスーチーは、平和的に抗議する権利を行使しただけで、今も嘆かわしい状態で拘束されている良心の囚人を含む2200人の政治囚のひとりである。
「スーチーさんの釈放は確かに歓迎すべきことですが、これは単に不法に延長されていた不公正な刑罰が終了しただけのことであり、決してビルマ軍政側が譲歩したわけではありません」とアムネスティのサリル・シェティ事務総長は述べた。「そもそもスーチーさんや、その他の多くのビルマの良心の囚人は逮捕されるべきではなかったし、政治過程から締め出されたままだという事実は今も変わりません」。
ノーベル平和賞を受賞したアウンサンスーチーは、車列が政府によって支援された暴徒にディペインで襲われた事件(数十人が負傷し、いまだに死亡者数不明)が起きた後、2003年5月30日から今回釈放されるまで軟禁されていた。自宅軟禁は今回が3度目で、それ以前の自宅軟禁はそれぞれ1989年から1995年、2000年から2002年にわたって行われた。
「今回、ビルマ軍政は、スーチーさんの身の安全を保証しなければなりません」とシェティ事務総長は述べた。
「ビルマ軍政は、こんどこそ国内で行なわれている不正な政治的投獄に終止符を打たねばなりません。同時に中国、インド、ASEAN諸国や国連などの国際社会は、平和的な抗議に刑罰を課す法制度をビルマが廃止するよう共同して働きかける必要があります。スーチーさんが釈放されたことで、他の良心の囚人のことを忘れてはならないのです」。
平和的な政治上の抗議行動を処罰するために政府が頻繁に利用する曖昧な法律の下で、ビルマでは2200人を超える政治囚がいまだに拘束されている。こうした政治囚は食物も衛生状態も劣悪な環境で拘束されており、多くの政治囚が健康を害し、適切な治療も受けていない。また多くの人びとが初期の尋問中や拘束中に拷問を受けており、刑務所の刑務官のもとで罰としていまだに拷問を受ける可能性がある。こうした人びとのほとんどは、言論・集会・結社の自由の権利を平和的に行使しただけで罰せられた良心の囚人だと、アムネスティは信じている。
いまだに拘束されている人びとの多くは、燃料費と物価の急騰に対する抗議が引き金となった2007年のサフラン革命(僧衣の色から名付けられた)に参加している。過去3年間に、数百人の政治囚が家族からはるか遠方の刑務所に移送され、親族や弁護士の面会、治療を制限されている。
2005年12月以降、国際赤十字委員会は、ビルマの刑務所への接見を拒否されている。
背景情報
2009年、アウンサンスーチーの自宅軟禁の期限が切れる2週間前、自宅軟禁の条件を破った罪で彼女は再逮捕された。2009年8月11日、国際社会から非難を浴びた裁判後、アウンサンスーチーは実刑3年の判決を受け、その後、18カ月の自宅軟禁に減刑された。
アウンサンスーチーは、過去20年間で初めてビルマで実施された総選挙の直後に釈放されたが、この背景には政治的な弾圧があった。アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)は1990年の総選挙で過半数の議席を獲得したにもかかわらず、数十年にわたって同国を支配しているビルマの軍事指導者に妨害されて政権に就くことができなかった。
アムネスティはまた、以下の人びとを含めた、すべての良心の囚人の釈放を求める。
・2007年のデモに参加して65年の刑を受けて収監中の元学生指導者で民主化運動家ミンコーナイン(47歳)
・2007年の僧侶が率いたデモに参加して63年の刑を受けた全ビルマ僧侶連盟(ABMA)のウーガンビラ
・ミャンマー政府の新憲法案に反対した罪で93年の刑を受けたシャン民族民主同盟(SNLD)の議長、ウークントゥンウー(67歳)。ウー議長は糖尿病と高血圧を患っている
アウンサンスーチーは1991年、アムネスティ・インターナショナルは1977年にノーベル平和賞を受賞している。
アムネスティ発表国際ニュース
2010年11月13日
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